大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(う)1818号 判決 1970年11月24日

被告人 近内恒夫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(控訴の趣意)

弁護人飯塚信夫提出の控訴趣意書記載のとおりである(ただし、弁護人は、控訴趣意書第二点の記載文言中に、被告人の酒酔い運転の事実そのものを争う趣旨のような表現があるが、これは、被告人の酒酔いの程度がそれほど深くなかつたことを情状として主張する趣意である旨、当公判廷において釈明した。)から、これを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第一点について

所論は

(一)  原判示第一及び第四の各酒酔い運転の事実は、被告人が一度酒を飲んだうえ運転を継続して行なつたものであつて、たとえ、運転車両の種類はちがつても一個の違反行為があるに過ぎないから、これを各別のものと認定して、刑法四五条前段の併合罪であるとした原判決は、事実を誤認し、その結果法令の適用を誤つた違法があり、破棄を免がれない、と主張する。

そこで、原審記録を精査し、原判決挙示の各証拠ならびに当審における事実取調べの結果をも総合すると、被告人は、昭和四五年三月一一日の夕刻ごろ、雇主である菊地丈夫所有の本件普通貨物自動車(二トン車)を運転して、東京都文京区小日向の実家に自己の洗濯物を持参したが、一身上のことで実父と口論し、帰路に就いたその途中、かねてからなじみの同都足立区新田所在の飲食店「はしもと」に立ち寄つて酒やビールなどを飲み、同店のホステス二名を同乗させてその自宅付近まで送り届けたそのあげく、原判示のような酒酔いの状態にあるにもかかわらず、さらに右自動車を運転して原判示第一の路上を進行していたところが、原判示第二の物件損壊の事故を起こしたため、自己の酒酔い運転の事実が警察官に発覚するのを恐れて、そのまま運転を継続していそぎその場から離去しようとしたが、まもなくエンヂンが停止して運転不能の状態になつたので、やむなく下車して同自動車を手で押し、勤務先の車庫にこれを格納しておこうとしたが、誤まつて道路左側の溝にその左前輪を落としてしまつたので、これに狼狽した被告人は、さらに、とつさの間に思いをめぐらし、同所から一〇〇ないし一五〇メートルくらい離れたところにある勤務先の車庫まで徒歩でおもむき、同車庫から大型貨物自動車(六トン車)を乗り出し、前同様酒酔いの状態で、しかも無免許運転をあえてしながら前記事故車両のある現物に立ち戻り、その車両にロープをかけてこれを引き上げ右車庫までけん引して行こうとしていたところを警察官に発見逮捕されたものであることが認められる。

してみると、被告人の原判示第一の酒酔い運転は、前記のとおり、飲食店「はしもと」で飲酒酩酊した後、その寄宿先に帰るため本件普通貨物自動車(二トン車)を運転した事実であり、同第四の酒酔い運転は、右自動車がはからずも道路側溝に落ちたため、それを引き上げるべくいつたん徒歩で勤務先の車庫までおもむき、同車庫から菊地所有の別個の大型貨物自動車(六トン車)を右現場まで運転した事実であるから、両者は、全く別個の意思の発動に基づく別異の行為である、と解するのを相当とする。したがつて、たとえ、酩酊の原因となつた飲酒が飲食店「はしもと」における同一の機会になされたものであり、かつ、その酩酊状態の継続中に右二回の運転行為が行なわれたものであつても、これを以て単一の酒酔い運転行為であるとは言えない。原判決が、これを別個の行為とし、併合罪をもつて処断したのは正当であり、論旨は理由がない。

次に、所論は、被告人の右二回の酒酔い運転の所為が各別に法令の適用を受けるべき関係にあるとしても、右は、一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段を適用すべきものであつて、原判決がこれに対し併合罪の加重をしたのは法令の適用を誤つた違法がある、と主張する。しかし、被告人の本件二回の酒酔い運転の所為は、前記のとおり全く別異の二個の行為であつて、これを一個の行為とみることはできないから、原判決がこれに刑法五四条一項前段の規定を適用しなかつたことは当然であり、論旨は採用することができない。

(二)  さらに所論は道路交通法七二条一項前段の救護義務については、「人の死傷又は物の損壊があつたときはうんぬん」と規定するに反し、同条同項後段の交通事故報告義務は、「当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度うんぬん。」と規定するから、物の損壊の場合の報告義務は、人の死傷と同時に物の損壊のあつた場合に限ると解すべきものである。したがつて、本件のように物の損壊のみがあつた場合には、報告義務は存しないから、その義務を認めた原判決は、この点において法令の適用を誤つたもので、破棄を免れない、と主張する。

しかし、道路交通法七二条一項後段は同項前段の「車両等の交通による人の死傷又は物の損壊があつたとき」とあるのを受けて、「この場合において、当該車両の運転者は警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。」と規定し、人の死傷の場合と、物の損壊の場合とを特に区別していないこと、また、本条で報告義務を課した目的が、警察官による交通事故現場における迅速な対応措置をとらしめることの必要性に基づくものであることに思いを致すと、特に人の死傷の場合と、物の損壊の場合とを区別すべき理由は認め難いから、物の損壊のみの場合にあつても、当該車両の運転者において、ただちにもよりの警察署の警察官に対し、所定の事項を報告すべき義務のあることは明白であつて、所論は採用することができない。

なお、所論は、原判決は、被告人が「警察官に報告しないで逃走した。」と判示するけれども、被告人は事故後二〇分間位して、事故現場近くで事故の事後処理中に逮捕されたものであるから、被告人は逃走したことにはならないと主張する。しかし、(証拠略)によると、被告人は、本件事故を起こすや自己の酒酔い運転が警察官に発覚することを恐れ、その場から逃走することを企て、そのまま自動車を運転して事故現場から若干の距離を進行した時、たまたまエンヂンが停止したためそれ以上運転を続けることができず、そのうえ車輪が側溝に落ちて手で押し動かすこともできなくなつたことに狼狽し、いそぎその勤務先である前記菊地丈夫方の車庫におもむき、同車庫から大型貨物自動車を乗り出し、これを運転して右現場に引き返えし、その事故車両にロープをかけて側溝から引き上げ、ひそかにこれを右車庫内に格納して事故の犯跡をかくそうとしていたところを警察官に発見逮捕されたことが明らかであるから、たとえ逮捕の場所が事故現場の近くであつたとしても、報告義務に違反したものであることは明白であり、原判決が、被告人は、所定事項をもよりの警察署の警察官に報告しないで逃走した、と判示したのも、要するに、被告人が、右のような経緯のもとに法定の報告義務を尽さずしてその事故現場から離去した趣旨を示すものであつて、右はもとより正当であり、原判決には事実誤認の違法は存しない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

所論は、原判決の量刑は重きに過ぎ不当であるから、破棄を免かれないと主張する。

よつて、原審記録、ならびに当審における事実取調の結果を総合して勘按するに、被告人は、主家の自動車を運転して実家をたずねたその帰りに、飲食店「はしもと」においてホステス等とビール四本、清酒二本位を飲み、酩酊のあげく本件事故を起こしたもので、事故後なお呼気一リツトル中に〇・五〇ミリグラム以上のアルコール分を保有していたことが明らかであり、また、事故前後の状況を詳細に記憶していないことなどに照らすと、被告人の酩酊の程度はかなり強かつたことが窺える。それに、被告人は、雨中約六〇キロメートルの高速度で走行中、急ブレーキをかけてスリツプし道路脇の塀に激突するという無謀運転をしたものであること、被告人には原判示のような業務上過失致死の前科があることなどを勘按すると、(所論は、前科の事実を量刑の資料とすることの不当性を主張するけれども、量刑上の事情として、犯人の性格、経歴等を推知するうえに被告人の前科歴をしん酌することは、その前科にかかる犯罪事実をかさねて処罰の対象とする趣旨でないことはいうまでもないから、もとよりゆるされてしかるべきものと解せられる。)被告人と物件事故の被害者らとの間に示談の成立したこと、被告人は、大型貨物自動車については免許がなかつたが、普通自動車の免許を有したこと、その他、所論指摘の被告人に有利な、または同情すべき諸般の情状を十分考慮しても、なお、原判決の量刑が重きに過ぎて破棄しなければならないものとまでは認めることができない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例